晴耕雨読日記(仮)

以前、はてなダイアリーで書いていた「晴耕雨読」の引っ越し先です。今の生活は全くもって「晴耕雨読」ではないので、タイトルは現在思案中。

最近書けない理由

ところで、12月8日を最後に年内の日記が止まっておりました。ここを楽しみにしてくださっている方はいないと思うんですが、万一いらっしゃいましたら申し訳ありません〜。もう過去は振り返れないんですが(笑)、とりあえず観劇とライブの記録だけは残しておこうと先ほどメモ書きで残しておきました。


最近書けない理由ですが、仕事で若干立て込んでおり家に帰ってじっくり書く暇がない、というのもあるし、また家に帰ってまでパソコンの前に座るのはおっくうだ、というのもあるし、また、Macを置いているところが窓際で寒い、というのもあります(爆)。
しかし、いちばん大きい理由としては、アウトプット力が落ちているというのが大きい気がします。
文章を書くことは嫌いではありませんでしたし、実際過去の日記も(文章として読みやすいかどうかはともかくとして)量だけはある程度書くことができていたのですが、このところ、ちょっとお馬鹿になってきているというか、まとまった文章を書くことができなくなってきているのです。


単に年を取ったからかなあと思っていたのですが、先日なぜか「本の雑誌」を読んでいて、「ああ、インプットが足りないんだ」とはたと気づきました。まとまって本を読んでいないから。そして以前はもっと本を読んでいました。少なくとも20代前半くらいまでは。いつの頃からか小説から離れてしまい、それでもしばらくは過去の蓄積で食いつなげていたのでしょう、でもそれも切れてしまったのかなあ。とんと書けなくなってしまいました。


しかし。ちょっと反省した。このままだともっともっと忘れっぽくなってしまう。もう以前ほど記憶力もよくなくて、日々あったことなどどんどん忘れてしまうのだから(20代の頃、私は「いらんことまで覚えているやつ」とよく言われていた。本当にいろんな細かいことを覚えているものだから、「おまえは俺の結婚式には絶対に呼ばない」とか言われたなあ。昔の彼女のこととかしゃべられたらたまらん、とか)、忘れるためにも記録は残しておきたいと思う。手帳と同じですね。忘れるためにメモる。
誰のために記録するのかというと、未来の自分のためなのだけども。後から振り返ったときに、あの頃はあんな映画を観ていた、あんな芝居を観ていた、あんな音楽を聴いていた、あんなニュースに一喜一憂していたということを、適当な記憶で語ったりしないように。


そんなわけで、毎日は無理っぽいですが今年はできるだけ間をおかずに書きたいと思っております。