晴耕雨読日記(仮)

以前、はてなダイアリーで書いていた「晴耕雨読」の引っ越し先です。今の生活は全くもって「晴耕雨読」ではないので、タイトルは現在思案中。

「文雀」ほか

今年は映画祭やら特集上映があってもなかなか足が運べないことが続いていますが、今日の「文雀」は前から楽しみにしていた一本で、休日にも関わらず、会社に行くのとおんなじ時間に起きて(笑)、いざ出陣。


一昨年は「エレクション(黒社会)」「エレクション2(黒社会以和為貴)」、昨年は「放・逐」と、フィルメックスは毎年杜蒞峯作品を持ってきてくれます。で、今年は「文雀」。
この流れだったんで、勝手にハードな内容の映画を想像していたら、裏切られました。いい意味で。





杜蒞峯作品を見終わって、こんなほのぼのした気持ちになるとは(笑)。
撃ちあいもないし、血もほとんど流れないし(一滴くらいしか)、誰も死なないし、死にそうな目にあうシーンは画面に出てこないし。杜蒞峯作品だからと言って必ずしも痛い目にあうシーンが出てくるわけじゃないけど(「資金作り」映画の場合はそうじゃないし・笑)。
「放・逐」っぽい映画を期待していた人にはもの足りなかったかもしれないけど、私は意外とこの映画、好き。


ちゃんと今の香港の町並みなんだけど、この映画の画面には中国本土の影響がほとんど見えないような印象をもちました。
政治の話はともかくとして、私は植民地香港の時代に香港にはまった人なので(もっと言えば山口文憲の「香港 旅の雑学ノート (新潮文庫)」の影響を受けまくった人なので)、昨今の香港の変貌ぶり、映画の中にまで映り込んでくる本土の匂いに違和感を覚えているわけです。
「文雀」は全部香港島側で撮っているらしい(友人の日記によれば、「西環から中環」だそうだ)。冒頭の任達華の部屋のシーンから、自転車で(!)町を行くシーンなど、最初はマカオかと思いましたが違ってました。
言葉がわかる人や最近の香港の町並みを熟知している人はまた違った感想かもしれないけど、任達華の住んでるビルとか、林家棟が飲みつぶされた(笑)バーとか、スリのチーム4人組でたまってる餐室とか、あーいうのが私は好きなのだ。だから好きなのか、この映画。
杜蒞峯作品のモチーフはちゃんと入ってるし。男の友情とかフォーメーションとか。
あと、音楽の使い方が好き。あの音楽があるからこそ、ああいう雰囲気の映画になったのかなと思う。


まあ、任達華はちょっと顔がてかりすぎ、とか、林家棟くん太ってきてませんか、とか、林雪にもうちょっと活躍してほしかったわ、とか、林煕蕾にもうちょっと「魔性の女っぽさ」がほしかったよ、とか、いろいろあるんですが、楽しく見ました。満足。


短いあいまの時間に大急ぎでコーヒーを飲んで、次。「ウェルカム・トゥ・サンパウロ」。
その前に、短編映画を2本。賈樟柯ジャ・ジャンクー)の「河の上の愛情(河上愛情)」(19分)とマノエル・デ・オリヴェイラ監督の「可視から不可視へ」(7分)。


賈樟柯の短編は蘇州が舞台で、大学の同級生だったらしい男女4人が恩師の誕生日に集まる話。かつて付き合っていた二人と、あと二人もどうもそんな雰囲気が漂っている。みんなそれぞれに不幸ではない人生を送っているけれど、こんなはずじゃなかった、というような気持ちをどこかに抱えていて……というようなお話。
最後、エンディングクレジットの時に、羅大佑の「戀曲1980」が流れるんですが、これって歌詞がわかったほうが絶対に雰囲気がわかるだろうなー、でも、字幕で出しちゃうと台無しだなー……と思いつつ。家に帰ってから歌詞を確認して、なるほど。と思う私。この4人の話、普通に長編で撮ってもいいのにな。


「可視から不可視へ」はサンパウロのど真ん中で久しぶりに会った二人の男性の話。偶然出会った二人は久しぶりの再会に盛り上がるのだけど、ひっきりなしにかかってくる携帯電話に話を邪魔されてしまう。ついに二人は携帯電話で話し始め、目の前にいる相手と携帯電話で話しつづける、という皮肉な7分の映画。これはこれで、「ふふっ」と笑わせるものがあって、よかった。


で、本編であるところの「ウェルカム・トゥ・サンパウロ」ですが。





………長かった(笑)。まあ、あれだけの長い映画になってしまうくらい、巨大な都市だということはわかった。世界第三、南米第一の大都市。


ところで、この映画はオムニバスになっていて、蔡明亮のパートがあります(「水族館」)。
さすがに小康は出てきませんでしたが(笑)、「雨」「水」という蔡明亮のモチーフはしっかり出てきました。難解さはなし(笑)。